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レッスン1
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| カンティーユの魅力 |
師匠
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これは19世紀初期のイギリスかフランスの指輪です。石はサファイヤ、金は18ct.goldです。この時代ならではのカンティーユ(仏語で刺繍という意味)という金細工と粒金を使った、当時の非常に優れた作品です。
では、問題です。この指輪のどんなところが優れていると思いますか。
ひとつだけではありませんよ。たくさんあります。
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この指輪のサイズが大きいのは何故でしょう?
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弟子
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美しいサファイアですね。こういうすみれのような色のサファイアはあまり見たことないです。金の細工が素晴らしいです。高価な金を最大限に活かそうという意図が良くわかりますね。特に粒金がインパクトがあります。
かなり大きな指輪のように思うのですが、指輪のサイズはどれくらいですか?
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師匠
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恐らく、まわりの繊細なカンティーユのイメージに合わせて、上質のサファイヤの中でも普通のブルーのサファイヤでなく、淡いすみれ色のものを選んだと思われます。美しいアンティーク・ジュエリーは、石の価値よりも、その雰囲気、デザインに合う石を使っているところがいいですね。19世紀後期に人気のあったジュリアーノという作家の作品には、石は色だけを考えて、高価な石を意識的に使わなかった作品すらあるのです。アートしてのジュエリーを作っていたからだと思います。財産性は二の次にしても、美しい物を追求するその姿勢が素晴らしいですね。
これは粒金(粒状の金のボール)の大きさを変えて蝋付け(ろうづけ)している、カンティーユでも珍しいタイプです。サイズは構造状サイズ棒で計れないので、はっきりは解らないのですが、16〜17くらい。ある程度はサイズ変更も可能ですが、出来れば内側にリングをセットして使った方が良いでしょう。
でも、不思議でしょう?こんなに繊細な指輪なのにこんなに大きなサイズなのは?それは何故でしょう?
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カンティーユは何故、1800年頃から1820年頃までの短い間だけしか作られていないのでしょう?
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弟子
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サイズが大きいのは、手袋の上から身に着けたり(公式な場所では手袋をはめますから)、代々その家に伝わるものだから、どんな方が身に着けても大丈夫なようにサイズ直しをしなかったのでしょうか?
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師匠
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正解です。
もっと古い時代のルネッサンスの頃は落ちないようにひもを付け、サイズを直すということはしませんでした。あの頃は指輪の内側までエナメルで装飾してあったのでサイズ変更は不可能だったのです。
ここで問題です。
これだけデリケートな指輪は付けるのも気を使うし、技術的にも手間を考えても、何故ここまで繊細な作りをしたのでしょう?
それにカンティーユは1800年頃から1820年頃までの短い間だけしか作られていないのも不思議だとは思いませんか?それはなぜでしょう?
これも珍しいタイプのカンティーユです。
左の画像も、カンティーユのリングです。
これに答のひとつが書いてありましたね。
でも、何故短い間だけで終わってしまったのかは考えてください。
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弟子
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産業革命が始まって、機械化になっていくと同時に職人さんが減って、もう作られなくなってしまったのでしょうか?
現代のような機械に頼ってばかりのものの作り方では、もう再現は無理なのでしょうね。時間や手間もかかると思います。
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師匠
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まあ、産業革命の影響はないことはないでしょうが、この時代はまだ大衆化が始まっていませんからね。あの小さな金の細工の細かなパーツを一つ一つ全部蝋付けするという気の遠くなるような作業は、もう完璧に再現不可能ですね。なかなかそれが出来る職人さんはいませんし、費用は高額になりますしね。これは答えのひとつです。
時間や手間も私達が想像する以上にかけていると思います。蝋付けは、金よりも少し融点が低い合金を間にはさんで、熱を加えて溶接する技術ですが、小さいパーツを連続して溶接するのは極めて難しいことなのです。
ひとつ蝋付けして、その隣に蝋付けをする時によほど早くやらないと、前につけたのが熱で剥がれてしまうからです。だから粒金を連続して蝋付けするのは大変なことなんですよ。それゆえ、連続した粒金に見える鋳造のパーツが出てくるわけです。答えは出ましたが、短い期間で終わった理由はまだ、あります。
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弟子
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ゴールドラッシュは、1840年代に入ってからですから、あまり関係なさそうですね。
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師匠
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カリフォルニアのゴールドラッシュは1849年からですね。アメリカンフットボールのチームに49ers(forty-niners,フォーティーナイナーズ)というチームがありますが、この年にどっと押し寄せた一獲千金を夢見る男達に由来する名前のようです。約30年の誤差がありますから、金の値段が下がったからではないと思います。
カンティーユはフランス語で刺繍という意味ですが、まるで刺繍のような繊細なイメージから来ているのでしょうから、アンピール様式の終焉とも関係はないでしょう。
元々は、長い間新しい大規模な金の鉱脈が発見されず、金が不足して、高価になったために出て来た技術ですし、それでも作れないほど金が不足していたということはなかったようです。この時代は、すべてのジュエリーがカンティーユだったわけではありません。金がどれだけ高かろうが、ものともしない人達もいたわで、高価な金をたっぷり使ったものあるんですよ。
これがその良い例です。
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弟子
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イミテーション・ゴールドが出てきたのはこの頃からでしょうか?
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師匠 |
そうですね。この頃、高価な金の代用品として、ピンチヴェックという合金が作られてネックレスや懐中時計に使われはじめました。ピンチヴェックは、色は金と違って少し赤みがかっており、硬いので、繊細な仕事も出来ないため、あくまでも値段の安い中級品以下の商品に使用されたものです。カンティーユが作られなくなったこととは関係ありません。 |
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弟子 |
指輪の金の粒は蝋付けしてあるとの事ですが、花びらや葉の部分も後から作って蝋付けしてあるのでしょうか?
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師匠 |
もちろん、そうです。
そこに価値があるし、そこがこの指輪の魅力です。
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弟子 |
それから、裏から見ると、石の底の部分が全部閉じてあるのですね。サファイヤの不思議な輝き方と何か関係がありますか?それともこの時代は皆裏側は閉じていたのでしょうか? |
| 師匠 |
このサファイアの不思議な輝きは、石の裏に金属箔をしいてあるせいだと思います。金属箔が長い間に変色することによって、意外な面白い効果が出てくる場合もあるのです。
19世紀中期頃までは石の裏は閉じてある物(クローズド・セッテイング)の方が多いですね。クローズド・セッティングのジュエリーは、あくまでも石の価値ではなく、美術的な価値で評価されていると思ってください。
石の色が明るく、きれいなスミレ色になっていて美しいのは確かに金属箔の影響があると思います。
カボッションカットのガーネットなどもそうですが、アンティークの色石ならではの不思議な魅力がありますね。※カボッションについては用語集をご覧ください。 |
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弟子 |
質問ですが、「フィリグリー」と「カンティーユ」の違いって何処なのですか? |
| 師匠 |
カンティーユはフランス語の「刺繍」という意味ですけれど、フィリグリー(金または銀線細工)や、粒金細工も含めてこの時代の繊細な金細工の総称と思えば良いと思います。
典型的なフィリグリーの作品
それでは、この指輪のカンティーユの魅力について、いくつか挙げてみてください。
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| 弟子 |
1、葉の表面処理が繊細ですばらしい。
2、指輪の外周の金細工のレースのような仕上がりが繊細で美しい。
3、腕の細工や、金の枠が裏まで凝っていて美しい。
4、枠に止められた小さなダイヤとサファイヤの石止めの方法が繊細で美しい。 |
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師匠 |
>1、葉の表面処理が繊細ですばらしい。
良く気が付きましたね。平面的でなく、リアルな立体感をだして、薄い金の板でありながらボリューム感を出しているところが素晴らしいと思います。
>2、指輪の外周の金細工のレースのような仕上がりが繊細で美しい。
四隅の金線細工のことですね。エドワーディアンのピアースト(レースワーク)と言われる、透かしとイメージ的に似ています。(おまんじゅうのような真珠の指輪)単純な金線でまく縒り線のようにも見える模様を付けてあるところ等、気が効いています。
>3、腕の細工や、金の枠が裏まで凝っていて美しい。
粒金の部分の裏を見ると、これがイミテーションの粒金でないのが良く解るし、それが綺麗な印象を与えていますね。細い2本の金線の間に粒金を置いて蝋付けしている。ヴィクトリアンになると、ほとんどが粒金風の既製品のパーツを使っています。渦巻き状の部分を裏から見ると空洞になっていますが、少ない金でいかにボリューム感を出すために考えだされたものでしょう。この渦巻き状の物はカンティーユに共通するやり方です。
>4、枠に止められた小さなダイヤとサファイヤの石止めの方法が繊細で美しい。
素晴らしい!その通りですね!普通はこの時代の物は筒状の物に入れて留めてあるので、ごつい感じを受けるのですが、これは細い爪で留めてあります。本当に細部まで神経を使って、繊細でかつ、見栄えのする指輪を作ろうとした作者の苦労の跡が忍ばれる大変優れた作品だと思います。
カンティーユが短い期間で終わった理由はみつかりましたか?
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| 弟子 |
カンティーユが作られなくなった理由は、流行のスタイルが変わったからでしょうか?お金をかけて繊細なものを作っても、流行のスタイル(ドレスなどと)とマッチしなくなったため、作られなくなってしまったと言うのはいかがですか? |
| 師匠 |
正解です。
1800年〜1820年頃はキトンという、古代ギリシャ・ローマ風のハイウエストの軽やかでシンプルなドレスでしたから、繊細なジュエリーが似合ったし、人気があったのでしょう。一番の原因はドレスの流行が変わったことだと思いますね。
他には、あまりにも繊細な作りなだけに服に引掛けたりするので、さすがに使うのに気を使ったから、というのもあるでしょう。カンティーユの中でも、特に指輪が少ないのはそのせいでしょう。それにこの時代はナポレオンの影響で、カメオが流行していたから、カンティーユのジュエリーは非公式なプライベートな時間に付けられたような気がします。 |